【戦場に吹く風】 - 最終章 -
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 デキウスの軍団は、盾をかざして土嚢を堀へ投げ込んだ。堀は、幅三メートル、深さ二メートルという簡易式のものであった。堀が埋まると、次に破城槌を取り付けた戦車を押し出した。戦車は鉄で薄い装甲を施した木の箱で、中に馬が入って城塞に突進させるものであった。昼間の戦闘で、土砂崩れや火災による二次被害もあって、二百両の戦車の内、生き残っていたのは四十両にも満たなかったが。

「敵を近寄らせるな!」

 ウィンディが部下達を指揮する。油が浴びせられ、そこに火矢や火炎系の魔術が降り注ぐが、鉄に覆われた戦車を破壊することはできなかった。土属性の魔術で、爆発を引き起こし、二メートル程の穴を開けて戦車を擱座させたが、守備に就いている兵で、高度な土属性の魔術を操れるものが少なく、全滅させるには至らなかった。雷撃系の魔術は術者も多く、鉄に覆われた戦車だと気付いた者が雷撃を仕掛ける。食らった戦車は、中の馬が感電死して止まったが、気付くのが遅すぎて、全ては止められなかった。土塁にまで到達した六両の戦車が、その破城槌で以て急拵えの土塁を一気に突き崩し、六ヵ所に大穴を開けた。帝国が土塁を築く資材を集めているという報に接したデキウスが、急いで後送させた秘密兵器であった。

 そこから騎兵を先頭に押し立て、次々と兵士が雪崩込む。土塁の上から射手が矢を浴びせ掛けるが、数が多く防ぎきれなかった。

「侵入する敵を迎え撃て!」

 ウィンディは装甲魔術兵団を率いて、敵の開けた大穴に殺到した。押し寄せる敵兵をそこで必死に食い止めた。その間に、イワキは残りの全軍団に召集を掛けた。ウィンディの援護に入るのではなく、敵の侵入を抑えている間に脱出を図るためである。

 イワキが敵の殺到する方と逆側の門を開き、打って出ると、そこには先回りしていた敵兵が待ち構えていた。

「しまった! 敵はすでに……」

 敵は一斉に矢を放った。直後、前進してきた歩兵の投げ槍が襲いかかる。さらに、側面から襲いかかってきた歩兵に近接戦闘を仕掛けられた。騎兵は歩兵に群がられると弱い。その場はどうにか突破したが、五千の兵を討ち取られてしまった。

「よし。そろそろ頃合ね。……全軍脱出!」

 ウィンディも、正面からの敵兵を撃退すると、イワキ達の後を追ったが、敵の急追を受け、兵力の半数を失った。しかし、脱出にはどうにか成功した。

 ウィンディがイワキの軍団に追い付いたのは三日後であった。

「よう、お前もボロボロだな」

 イワキは片手を上げて、馬から降りたウィンディに近付いてきた。自慢の長髪も、火炎攻撃で一部が焦げていた。甲冑は、所々が受けた攻撃のため、傷つき欠けていた。

「……」

 ウィンディも、耐火マントは刀でその半分を切り裂かれ、右肩のプロテクターが継目から引き千切られていた。

 ウィンディは、イワキの後を付いてくる形になったため、後から追撃する敵のみに気を配ればよかったから、全滅は免れた。

 途中、幾つかの土塁が炎上していたのは、土塁を攻略していた敵軍と激戦があったためであろうと、ウィンディは理解していた。

「私の部隊で生き残ったのは、一万になるかならないかよ」

 ウィンディは無表情であったが、力なく呟くように言った。

 イワキは何も言わず、ウィンディの肩を抱き寄せて、その頭を撫でていた。そのまましばらく経ってから、イワキは口を開いた。

「オレの部隊だって……生き残ったのは一万になんねえよ。お前の指揮が悪いわけじゃねえ、気にするな」

「土塁の守備隊は?」

 ウィンディは抱き寄せられたのを解こうともせず、尋ねてきた。

「ここまでの八の土塁中、攻略されていたのが二つ。守備隊の生き残りは全部で四千だ」

「……そう」

 ウィンディは抱き合っていた態勢を解くと、

「あと、土塁が三つ残ってるわ。その後は、街の点在する平野。そこの守備隊と合流できれば、逃げ切れるかもね」

「……一体、敵はどの位の兵を出してんのか……。いくら倒してもキリがねえ!」

 実際、イワキ・ウィンディ両軍が撤退しながら討ち取った敵兵は、二万を上回っていた。ほぼ同程度の損害を与えていたのだ。

 しかし、現時点で帝国軍は満身創痍の状態であった。特に、ウィンディの装甲魔術兵団は、ろくな休養もなく激戦が続いたので、魔力は底をほぼ突いており、手にした武器で戦う以外に魔術も使うことは、殆ど不可能な状態であった。

「……軍団の再編成が済んだら、さっさとここも引き払いましょう。休養を取っている暇はないわ」

「そうだな」

 

「おいおい、ウソだろう? 冗談じゃねえ!」

「……はあ」

 イワキは、もううんざりだとばかりに表情を険しくさせた。ウィンディも思わずため息が漏れている。

 脱出してきた帝国軍の前に、新たな軍団が立ちはだかった。デキウスが最も信頼を置く四万の親衛隊精鋭である。

 これまで、戦いを避けさせてきた軍団を、間道を使い先回りさせていたのであった。

 デキウス自身、愛馬に跨がり軍団の先頭に立っていた。

「キサマらが疲労困憊するのを待ちわびておったぞ。もはや魔術も使えまい。全軍突撃!」

 四万の軍団は、帝国軍の正面にデキウスを先頭に突っ込んだ。魔術を使える者は少なく、魔術攻撃は散発的なものであったが、新手の精鋭と疲れ切った二万弱の軍団がまともに戦える訳が無い。帝国軍はこの攻撃の前にバタバタと倒れた。  

「クソッ! 意地でも脱出するんだ!」

「……道を開けなさいよ!」

 イワキ・ウィンディの両名は、何度も血路を開こうと突入したが、被害が増すばかりで一向に突破できなかった。

 このままでは全滅と思われた。

 その時である……  

「後衛が騒がしいようだが、様子を見てまいれ」

「はっ」

 デキウスは、自軍の後方に砂塵が立ち上がるのを見て、近くの兵に命令した。すぐにその兵は戻ってきた。

「敵兵が突入したようです」

「後方の土塁守備隊だな。……左翼の軍勢を差し向けろ」 

 デキウスは左翼の兵を差し向けると、再び、正面の帝国軍内へ突入した。自分に群がってくる敵兵を、自慢の槍で突き崩していた。そうしている内に、一際目立つ騎兵を発見した。女性の兵が自軍にいないだけあって、余計にその兵が目に付いた。各国が女性を兵として採用したという話も聞いたことが無いことから、それを敵将に違いないと判断した。すぐに、その女性兵の元へ馬を駆けさせた。

「そこなる者、敵将と見た。我が名はベニト・デキウス。王国親衛隊隊長である。名を名乗れ!」

 女性は、ゆっくりとデキウスの方を振り向いた。デキウスは一瞬その顔に見惚れてしまった。

「……帝国近衛兵団、装甲魔術兵団総長。スミア・ウィンディ」

 デキウスは、帝国はこんな若い女性を戦場へ出すものかと、何か遣瀬ない思いになった。過去に、デキウスの妻が戦禍に巻き込まれて死んだためもあるのだろう。

 ウィンディは無言で馬を駆け寄らせ、偃月刀でデキウスの上段を薙ぎ払った。デキウスは槍で防ぐと、すかさず連撃を繰り出した。素早い攻撃で偃月刀を弾き、そこに出来た隙を狙って、頭と胸目掛けて二撃。ウィンディは偃月刀を急いで引き戻し、柄の部分でその二撃を凌いだ。次に足元を狙ったが、ウィンディは偃月刀の底部で槍の先端を叩きつけ、攻撃が繰り出されるのを防いだ。

「へえ、やるじゃねえか」

「……」

 次はウィンディが、偃月刀の先端でデキウスを突き落とそうと、思いっきり前方を突いた。デキウスは、上体を横に反らしてそれを躱すと、槍の柄を使い、偃月刀で薙がれるのを防いだ。

「炎よ、行け!」

 ウィンディが叫ぶと、炎の奔流が現われ、デキウスを飲み込もうと突き進む。デキウスは無言で左手をかざした。

 ゴウッという凄まじい音と共に、炎の奔流がデキウスの正面で消えていく。デキウスが使ったのは水属性に入る氷を具現化する魔術だ。火と水は対極の属性で、互いに相殺してしまう。

 デキウスはニイと勝ち誇った笑みを浮かべた。今のは、疲れ切ったウィンディにとって、最後の切札として温存していた魔力を全て使いきって出した炎であった。ウィンディの頬を汗の雫が流れ落ちる。魔力の著しい消耗は、術者の体力も奪うのだ。

 デキウスは、ウィンディがひるんだ一瞬を見逃さず、反撃に転じた。素早い連撃を、ウィンディも偃月刀を打合せたり、柄で防いでいたが、疲労の極みにあるウィンディにとって、連撃を凌ぐのは限界が来ていた。連撃を受ける度に手が痺れる。

「どうした。もう限界か?」

「くっ……」

 偃月刀を落としそうになる。ウィンディは魔術を出そうとも試みたが、やはり術は発動しない。

「隙あり!」

 デキウスの一突きは、ウィンディの右足を突き刺した。柄で弾いたため、胸を狙った一撃が足に当たったのである。致命傷ではないが、集中力が激痛のために弱くなる。

 その時、デキウス達の背後で喊声が上がった。同時に、二人が一騎打ちをしているところへ、一騎駆け寄ってくる。その兵は大声で、

「将軍。後衛が総崩れです!」

「なにっ!」

「……」

 デキウスが一瞬見せた隙を、ウィンディは見逃さなかった。偃月刀で一閃。デキウスは、左肩から腹部までを薙がれた。そして、返す刀で首を薙ぐ。それで終わりだった。

 ウィンディはすぐに馬から降り、刀でその首を取ると、それを高く掲げた。

「敵将デキウス。ここに討ち取った!」

 それを見た親衛隊は驚愕した。将を失った軍団は脆かった。親衛隊は我先にと戦場から逃げ出した。しかし、帝国軍に追撃する余力は無かった。

 軍団を素早く立て直すと、帝国軍は退却を始めた。

「お前のおかげだな」

「……援軍のおかげよ」

 イワキ達の救援にやってきたのは、土塁の守備隊と、占領地の守備隊計一万三千余りであった。これで総兵力は約二万程。この戦いでさらに一万六千近い損害を出したのだ。

 一方、イリリア軍も二万以上の戦死者を出し、総司令官までも失っていた。

 その後、四日間は戦闘も無かった。すでに危険な山岳地帯は脱出し、港へ向け行軍中であった。彼らは、海軍主力が二週間近く前に壊滅していた事実を知らなかった。

「あと一日半位で港だ。そこまで着けば船で脱出できる」 

「……」

 ウィンディは無言であった。顔色はよくない。足の傷が原因で高熱を出していたのだ。普段なら静養しなくてはならない状態だが、そこはまだ敵地であった。

「ウィンディ。しっかりしろ! あと少しで船に乗れる。そしたら国まで二日もかかんねえ」

「……泳げないの」

「初耳だな」

 イワキは、空を見上げた。考え事などをするときの癖なのだ。

 そういやコイツ、上陸前に船乗った時も、緊張した表情で青ざめてやがったな。あれは船酔いじゃなかったのか。などとイワキは前に船に乗った時のウィンディの様子を思い出した。

「ま、そんな簡単に沈まねえよ」

「そう……願うわ」

 イワキは、なかなか進まない軍団に焦りを感じていた。

 全力疾走なら一日かからずに進める距離だが、疲れ切った軍団にそれは無理であった。

 先回りした敵に港が占領されてないことを、イワキは願わずにいられなかった。

 

 

 それから一日半。イワキ達は上陸した港まで戻ってきた。幸い、港は占領されていなかった。港には、イワキの親友でもある海軍提督が来ていた。

 第二次遠征の船団提督をしていた、フレイド・メイという提督である。五分刈りで不精髭を生やしている、厳つい顔の武人である。

「よう。久しぶりだな! 元気してたか?」

 メイは船の上から手を振っていた。沖合には四十隻を上回る艦艇が、港には四十隻近い輸送船が、陸兵をいつでも乗せられるようにしていた。

「敗軍に元気か? はねえだろうよ。それより、なんでお前がここにいるんだよ?」

 イワキがそう聞いた。メイは、事の経過を、陸兵を乗せている間に語った。

 イリリア海軍は、十六日前の夜戦で、帝国主力艦隊百四十隻を全滅させていた。その彼らが引き上げるところを、第二次遠征の際に、大打撃を受け、その再編なったメイの艦隊が奇襲。油断していたイリリア軍は、自分達が炎上させた火炎船の方に追い込まれ自滅していたのだ。残りの艦艇にも損害を与え、本国との輸送路だけは、なんとか確保しきれたのだ。

「とにかくその状況じゃ、オレの船団が間に合ってよかったよ」

 ウィンディはすぐに船内の寝室へ運ばれた。立っていられる状態ではなかったからだ。

 全兵員が乗り込み、船団が出港した直後、港に敵兵が現われた。デキウスの遊撃隊二万であった。

 彼らは、逃げ出す帝国軍に罵声を浴びせ掛けたが、帝国軍が再上陸するはずがなかった。

 イワキは甲板の上で胸を撫で下ろした。脱出が一歩遅れていたら全滅に違いなかった。

 出港から一時も経たない内に日が暮れ、やがて海上は真闇に包まれた。

「敵襲!」

 見張り員が声を上げた時、イワキは甲板の防御壁に寄り掛かって寝息を立てていた。船員が慌ただしく動きだしてようやく、イワキは目を醒ました。それ程、疲れ果てていたのである。

「敵?」

 イワキは目を凝らすが何も見えない。海戦に慣れた水兵にしか見えないのだろう。やがて、敵がいるらしい方向へ大量の火矢等が向かっていく。しかし、敵からの応射は無かった。

「突っ込んでくるぞ!」

 水兵が怒鳴り散らした。ようやくイワキにも敵艦が見えてきた。猛烈な速度で、二隻の艦艇がイワキ達の乗る輸送船へ突っ込んでくる。ラム……吃水線下に取り付けた青銅製の衝角、つまり艦艇版の巨大な槍で、敵船に全力で衝突させ、船腹に穴を開け沈める兵器……でも装備しているのだろう。

「ダメだ! 防げない」

 水兵が叫んだ直後、凄まじい衝撃がイワキ達を襲った。一ヶ所でも穴を開けられれば沈むところを、一気に二ヶ所も開けられてただで済むはずが無かった。船は一気に傾き、あっという間に沈み始めた。

「船が沈むぞ! 総員、海に飛び込め!」

 船長の叫び声を聞き、イワキは船室にいるウィンディのことが頭に浮かんだ。

 イワキはすぐに船室の方へ駆け出したが、水兵達に止められてしまった。

「いけません閣下! 脱出してください」

「邪魔だ! どけ! 船室で……アイツが寝てんだよ!」

「ダメです! 行けば、閣下が助かりません」

 それでも駆け寄ろうとしたが、その時、船は横倒しになり、イワキは海へ投げ出された。幸い甲冑は脱いでおり、水泳も達者なイワキは溺死を免れた。

 船は、見る見るうちに海に引きずり込まれた。炎上した敵の二艦を巻き添えにして。

「……」

 イワキは、目の前の光景が信じられないといった面持ちで、その光景を見ていた。

『……泳げないの』

 イワキの頭の中に、その言葉が響いていた。船室で寝ている彼女が……助かるはずが無かった。

 

 

 それから一週間。敗残の兵を本国へ移送した船団は、生存者を探した。結果、二十二名の兵士が救助された。沿岸に自力で辿り着いていた者も三十名いた。

 イワキも身体に鞭打って、生存者の発見に努めたが、その中にウィンディの姿は無かった。

 片足に重傷を負い、高熱のため船室で寝ていた。……急速に海中に没した船の中、助かる道理がなかった。

 イワキは敗北の責任を取らされ、助命嘆願もあったため死罪は免れたが、全ての役職から解任され、平民に落とされた。ウィンディは戦死ということで、不問に付されたが、その財産は没収された。

 

 

「……」

 イワキは役職を解かれてから、よく港にやってきた。あの日、出港した港にである。あの時は、大勢の部下もいた。軍人として頂点に近いところにもいた。最も輝いていた栄光の日々であった。なにより、愛想も何もなかったが、愛する人がいた。

 再びここに戻ってきた時には、全てを失っていた。自分だけが、生き残ってしまった。

 自分が役職を解かれた直後、宰相ブリュームは、何者かに暗殺された。皇帝ルノウ三世は、一人の近衛兵に刺し殺された。上層部が変われば国も変わる。新皇帝に宰相は、それまでの方針を転換し、帝国兵の占領地からの全面撤退、各国への賠償、捕虜や奴隷の返還を宣言し、履行しだした。

 反帝国同盟も反乱軍も、その動きを見て戦争の終決を宣言した。帝国の国力は、まだ相当にあったので、戦わずに済むなら、それに越したことはないからだ。

 ウィンディの言っていた通り、指導者が変わって一月もせずに、全ての戦争は終決した。

 戦いから一ヵ月が過ぎ、季節も変わり、冷たい風が吹き付けるようになった。

『これが返事よ』

 イワキは、まだあの夜の唇の感触を思い出せた。思い出すたびに、胸が締め付けられる。

 

 

 港に冷たい風が吹き荒れる。冬の到来はすぐそこにまで来ていた。

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