【なずなから乃莉(ひだまりスケッチ:二次創作その6)】
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なずなから乃莉(ひだまりスケッチ二次創作6)

                                                      陽ノ下光一


「私……ここの近所に住んでたんです……それでやまぶき受けて、受かったんですけど……」
 私立やまぶき高校の入学式。晴れて高校生になったその日だというのに、そう語る少女の口調はどうにも暗い。
「その後、急に父の転勤が決まってしまって……父が単身赴任になるのかと思っていたんですけど……」
 高校の真向かいにある「やまぶき荘」。その101号室で先輩達に向かいながら話している少女は、どんどんと肩を落としていくようだ。
「お父さん、家事何にも出来ないからーって、お母さんついてっちゃって……私も何も出来ないのに……料理だって出来ないし、お掃除も苦手だし、絵も下手っぴだし、特技も趣味も無いし……」
 と、そうこう話している内に、膝をついて、手で目を覆ってしまった。どうにも自信が持てないタイプなのか、次々に自分は何も出来ないのにと卑下している。
「あー、もう。何ウジウジしてんの!」
「ふえっ?」
「なずなにも、ちゃんと良いとこあるよ!」
「の……乃莉ちゃん……」
 先ほどまで半泣き状態になっていた少女……なずなは、自分を叩いて励ましてくれた乃莉に向き合って、先ほどまでとは異なり、笑顔を浮かべかけた。
 それを「ひだまり荘」の先輩達4人が温かい視線で見守っている。
「まだあんま知らないけどさ!」
「うっ!」
 ストレートに言われて、なずなはまたも半泣き状態になってしまった。


 私立やまぶき高校は、美術科の設置された高校で、全国から学生が集まる程の人気校である。当然、地方からやってきた学生たちは、高校近くのアパートで独り暮らしとなり、「ひだまり荘」もそうしたアパートの1つである。
 ただし、「ひだまり荘」は2階建て6部屋と収容人数としては大きなアパートではなかった。利点としては高校の正門真向かいにある事だろう。同時に、このアパートにはいわくが付いて回っている。
「えっ、あの『ひだまり』に住んでるの!」
「はぁー、あの『やんちゃアパート』の子ねー」
 と、やまぶき高校内での知名度は、奇妙なベクトルで高かった。いわゆる「高校の奇人・変人の集うアパート」として悪名高いのである。なずな達1年生の歓迎会で、3年生の沙英曰く。
「えっと……『ひだまり荘』。やまぶき高校のまん前に位置する小さなアパート。美術科の変わり者達が集うことで有名! あっでも、そういう人達は卒業して今はもう普通なんだけどね!」
 ところが、なずなに至っては違う意味で、「ひだまり荘」の中の変わり者であった。
「普通科ああー!」
 なずなの制服を見て、全員が驚いたのだ。やまぶき高校には当然普通科もあるのだが、彼女は「ひだまり荘」初の普通科の入居者だったのだ。
 なずな以外の入居者と言えば、
「なずなも困ったことがあれば、いつでも来な」
 沙英は理知的で長身のカッコいい女性。何かと頼りになりそうな、父性的な雰囲気も持っていた。しかもプロの小説家だという。
「大丈夫。なずなちゃん、すぐに慣れるわよ。お夕飯とかも、一緒に食べよう♪」
 まるで母親のように優しい雰囲気で接してくれるのは、3年生のヒロ。
「なずなちゃんなら、きっと友達も沢山できるよ。大丈夫大丈夫」
 2年生のゆのは、なずなから見ても背丈が低く、後輩が出来た事で、少し背伸びをして接しているようでもあった。でも、そこが可愛らしい先輩だ。
「なずな殿。ご飯作りすぎちゃった時は、ぜひとも私を呼んでくれたまえ!」
 こちらも2年生の宮古。グラビアを飾れそうなグラマー体型だが、服装と言動がそれを台無しにしている感じの、天真爛漫な天然系女子高生だ。
 そして…………
「独り暮らし、なんとかなるってー。心配しても仕方ないじゃん。まあ、私も初めてだし、なずなもそうだから、上手くいかないかもしんないけどさ」
「うっ…………」
 ストレートな物言いで、さばさばした性格の同じく1年生の乃莉。そしてなずなの合わせて6人が1つ屋根の下で生活する事となった。


 全員が揃う「ひだまり荘」での生活はまだしも、高校生活はまた違ったものだった。
 3年、2年の先輩たちはアパートもクラスも同じで、濃密な時間を共有している。普段の彼女たちの付き合い方を見ていても分かる。
 沙英とヒロはまるで夫婦と言わんばかりに、付き合い方が濃厚だったし、ゆのと宮古も単なる同級生とは思えないほど、信頼を寄せ合って生活しているように見えた。
 そして、なずなと乃莉はと言うと、最初は先輩たちのようにはいかない部分があった。
 まず、1年生の2人は所属している科が異なる。高校生活では時間を共有する事は少なかった。
「お、荷物大変だろ。俺も持ってやるよ」
「あ、ありがとう」
 ただし、なずなはクラスにうまく馴染む事が出来た。内気でおとなしい性格だったが、事ある毎に男子が手を貸してくれた。
 もっとも最初の内は、
「で、でも1人でも運べるから……」
 などと、男子からの申し出も断っていた。
 というのも、なずなは小中学校時代、おどおどした雰囲気が放っておけないのか、男子がよく手をさしのべてくれたのだ。それまでは良かったのだが、嫉妬した女子たちから嫌がらせを受けていたのである。
「なずなー、次、体育の時間だよー」
「あ、待って……す、すぐ行くから、先に行ってても」
「大丈夫だって。待ってるよー」
 ところが、高校生ともなると分別がつくようになってくるのか、あるいは校風なのか、クラスの女子からも好感を持って迎えられていた。
 そういうわけで、なずなの高校生活はそれなりに幸先のよいスタートとなった。ただ、気がかりなのは、3年間を「ひだまり荘」という空間で一緒に過ごす事になる、乃莉という女の子である。
 もし、乃莉と打ち解けることが出来なかったら……と考えると、「ひだまり荘」での独り暮らしは怖くも感じる。
 先輩たちはそれぞれ背中を預け合うように支え合っているけど、美術科でない自分が、乃莉と打ち解けることが出来るのだろうか。


 まだ入学からも浅いある日、乃莉が部屋のカーテンを買い替えるという話になった。最初は先輩のゆのと宮古を頼ったようだが、地元民のなずなの方が詳しいだろうということで、彼女の部屋を訪ねてきたのだ。
「あっ、アイムホームがいいかもしれない……」
 先輩達の疑問に、ホームセンターの事ですと答えた。そういうわけで2年、1年の4人でアイムホームに行く事となった。
 カーテン売り場に着くと、種類が豊富。さすが美術科の人達らしく、なずな以外の3人は柄がどうの、色がどうのと話に花を咲かせていた。
 やっぱり美術科の人達はすごいなあ……などと、なずながぼんやり考えていた時だった。
「ねぇ、なずなはどれが良いと思う?」
 不意に乃莉がなずなに問いかけてきたのだ。突然言われたなずなとしては、戸惑ってしまった。カーテンの柄だけで色々と談笑できる彼女達と違って、自分にはそんなセンスが無いと思っていたからだ。
「わ……私なんかよりも、ゆの先輩とか宮古先輩に聞いたほうが……私……美術科じゃないし、センスとかない」
 おどおどしながらそう応えると、乃莉から半ば非難めいた視線が返ってきた。なずなはそれにも身じろぎしてしまった。
「なんかそれ、超偏った考え方なんだけど」
「ひっ」
「美術科だからって、全員センス良い訳ないじゃん! だから勉強するために美術科来てんの!」
 後半は半ば説教めいた感じで言われてしまった。
 何故か、なずなではなく、後ろにいた先輩のゆのが、何度も首を縦に振っていた。
 なずなは幾つかのカーテンを見た後で、か細い声を出した。
「私……私は……私だったこれにするかも」
 乃莉は、なずなが手にしていたカーテンを取ると、やや見つめた後で、最初の感想を大きな声にした。
「かわいい。これにする」
「えっ……で……でも」
 変わらず自信なさげにしているなずなを、あえて無視するように、乃莉はまた声に力をこめた。
「うん、決めた」
 103号室に戻ると、その場で購入したばかりのカーテンを取り付ける。
「完了! ありがと〜」
 先輩達2人の拍手。乃莉は明るく感謝の言葉を口にしながら、なずなの背中をかすかにトンと叩いた。


 「ひだまり荘」での時間を共有する内に、少しずつ、なずなの不安は氷解していった。
 まず、ほぼ毎日のように先輩たちが訪ねて来る。あるいは誰かの部屋(多くはヒロのだが)で夕飯を囲む、個性豊かな先輩たちは家族的な雰囲気で、その場にいるだけで楽しくなる自分が出来始めるのに時間はかからなかった。
 その内に、乃莉と2人きりの空間を共有する事も増えるようになった。なずなから最初そうしたのか、乃莉がそうしてきたのか、先輩たちがうまくそう仕向けてきたのかは分からない。
 ただ、乃莉は強引でストレートな物言いがキツイものの、根の優しさがそこかしこに漏れており、それを指摘されると赤くなって照れるのだった。
「そっかぁ、こうやって解けばいいんだあ……」
 ある日など、普通科のなずなが、乃莉に勉強を教わりに来たものだ。主要五教科で言えば、普通科の方が出来そうなものではあるが。
「普通科のコの方が勉強できると思ってたよ」
 乃莉は苦笑いを浮かべている。そんな乃莉に、なずなが笑顔を向けると、彼女は赤くなるのだった。
「絵も勉強もできて、乃莉ちゃんは本当すごいね」
「そんなことないけど……ま、私にわかりそうなとこなら、いつでも教えるし……」
「本当? ありがとう〜♪」
 そう言うと、乃莉が視線を泳がせるようにする。普段は物言いも強い感じの彼女だが、根は相当な照れ屋であるようだ。
 そう思うと、なずなは乃莉と普通に話す事が出来るようになっている自分にも気が付くのだった。
 性格が正反対の2人だが、打ち解けてみると、一緒にいる事が楽しくなってくる。
 同じ空間にいるだけで、自然と嬉しい気持ちになれる人……というのはそうはいない。おそらく「ひだまり荘」に住んでいる先輩たちの関係はそういうものだろう。
 それは、なずなと乃莉の間にも早くも芽生えているようだった。
「乃莉ちゃん」
「あ、なずな。おはよー。どうしたの?」
 なずなが乃莉の部屋を訪ねる。乃莉が、玄関口の親友に視線を送った。
 なずなが部屋に上がって用件を伝えようとした時に、先輩たちがやってきた。
「乃莉ちゃん、ちょっとパソコン貸してもらっていいかな?」
「乃莉っぺしか、頼れる人がいないのですよ」
 現れたのは2年生の、ゆのと宮古。「ひだまり荘」でパソコンおよびネット環境を持っているのは、乃莉だけなのだ。
「どうしたんですか、センパイたち?」
 乃莉が聞くにこういう事だった。コマーシャルで流れているクイズがあって、その答えはウェブで……というものだったのだ。
 なずなが3人の後ろからパソコンを見ている内に、クイズの話から、別の話題に変わっていき、いつの間にか時間が過ぎて行った。なずなは先輩たちと乃莉の会話をぼんやりと聞いていた。
 その内に先輩たちが、またパソコンで遊び始めた。
「乃莉ちゃん。これ開けてみてもいい?」
 と、ゆのがマウスでデスクトップ上の「過去封印」というフォルダにカーソルを合わせると、乃莉が引きつったような顔になった。
「私、半狂乱になりますよ……?」
 ゆのと同様に、なずなも何が入っているのか気になったが、乃莉は「やまぶきのページとか行ってみましょか」と話題を転換してしまった。
 その内に、宮古のお腹の虫が鳴りだして、ネットでピザの注文をして、全員で分けて食べる事になった。
 ピザを食べ終わると、乃莉の提案でパソコンで絵を描いてみないかという話になった。むろん、美術科の2人の先輩に向けられた提案である。
 なずなは目の前で絵が次々に完成していく様子を見て、思わずその絵を写メで撮影した。絵が全く描けない自分にとって、絵が出来上がっていく様子は胸躍るような感動があったからである。
 そうこうして時間が過ぎる内に、半日近くが経過し、なずなの方を向いた乃莉が、思い出したように問いかけた。
「……ねー、そいや、なずなはウチに何しに来たの?」
 なずなとしては、もう十分にその日を楽しめたので、問いかけ自体は必要なくなっていた。
「ううん、私の用はもういいの♪」
 そうは言われても、何事もはっきりさせたい乃莉の性格もあるのか、彼女は問いかけ続けた。
「なずな来てすぐ、ゆのさんたち来たからスルーしちゃってたよ……何、何?」
 さすがに半日も放置していた事の罪悪感もあってか、乃莉の表情にすまなそうな雰囲気がある。なずなは笑顔で返した。
「もう用事終わったの♪ 乃莉ちゃんと一緒にお昼食べたかっただけだから♪」
 しばらく前、ネット注文したピザを食べた段階で、なずなとしては十分にその日のしたい事を済ませていたのである。彼女はたんに、乃莉と空間を共有したかっただけなのだ。
「なーずーな〜!」
 乃莉がなずなの肩を掴んで、前後にゆさぶる。思わずなずなは、
「ふぇぇぇ? ごめんなさいい〜」
 と、謝罪の言葉を出してしまったが、眼前の親友の方が、心の中で自分に全力で謝っている事が想像できてしまった。
 何かにつけて引っ込み思案な自分を、強引だけど引っ張ってくれる、力強い親友の側にいる事が、なずなにとって、いつの間にか心地よいものになっていた。

【完】

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