【ホワイトデー】 - 最終章 -
←第一章へ戻る     小説〜ストーリー一覧へ戻る

「あれ?」

 オレがその日帰宅したのは、夜の十時を回ってからだった。今日のオレは、どこぞの製菓会社の陰謀に感謝していた。すばらしい。オレは一瞬、総理大臣になって、その製菓会社の社長に社会内での優遇措置をとらせてあげたいと考えたが。しかし、最近の政治の成り行きを見ると、オレが総理大臣になっても、この画期的な計画は否決されるだろうと考え、やはり一瞬で夢は放棄した。

 帰宅したオレは、郵便受けから何かがはみ出ているのに気が付いた。

 オレがそれを手にとると、それが赤い色の包装紙に、白のリボンをあしらったハート型の物体であることに気が付いた。素直に考えればチョコだよなこれ。

「誰からのものだ?」

 オレの経験では、母親にすら貰ったことのないバレンタインチョコなので、誰からのものか見当もつけられない。というか、オレ自身もてたことがないので、誰かわざわざ持ってきてくれる人がいるんだろうか。部長の気持ちだって、今日の今日までわからなかったオレに、どうやって郵便受けに入っていたチョコの送り主を推測しろというんだろうか。

 オレはどこかに名前か、手がかりになるようなものはないかと探したがない。郵便受けの中にもだ。

「わからん。……オレの知り合いの女性は」

 オレは、部屋に入ると必死で頭をフル回転させたが、どうしてもオレにチョコをくれる女性が浮かばない。くそ、知り合いが多すぎるんだよ。知り合いが。

 といって、「オレにチョコくれた?」なんて聞いて回るのは恥ずかしいし、第一、オレにくれた人はこれでもわかるくらいの意気込みで郵便受けに置いていったんだろうから、その人を傷つけかねないし。

 困ったぞ、これは。

「このチョコに手がかりがあるんだろうか?」

 赤の包装紙を外し、中の箱を開ける。中にあったのは、ハート型のチョコ。その上には、赤と白のスプレッドチョコがまぶしてある。手作りだろう。

 くそ、誰だ送り主は。ホワイトデーに返さなかったら、その人が傷つくじゃないか。

 オレは、包装紙と、チョコをよく見てみた。

「あれ、どっちも、赤と白が使われてる」

 ということは、これの送り主は、この色で誰が送ったかわかるだろうと考えたんだろう。間違いない。ここまで強調しているんだから。

「しかし、わからん。誰だ?」

 誰かと、以前に色についての話なんかしたかなオレ。

 

 

「うっす、大竹」

 翌日、食料の買い出しに出たオレは、同様に買い出しに来ていた清水に偶然会った。清水は買物袋をぶら下げてこっちに近付いてきた。オレはちょうど袋に買った物を入れているところだった。

「おう」

 オレは、顔を上げず、袋に物を詰めながら挨拶した。 

 顔を上げずとも、清水がにやついてるのぐらいは想像がつく。バレンタインの後だからな。

「へっへへ、どうでしたかな大竹君。オレの予言したとおり収穫があったでしょう」

 清水はその口調に溢れんばかりの自信をこめていた。

 オレは、物の詰め終わった袋を右手に持つと、外への歩を進めながら、左手で親指をぐっと立ててみせた。

 清水はそれみろといわんばかりに胸を張ってみせた。 

「よかったな! いや〜これでお前も選ばれし者になったわけだ!」

 清水は心底喜んでいるようだ。こいつはいくつもらったんだか。……聞くのはよそう。むなしくなりそうだ。ま、確実に一つは本命だからいいんだけどな。清水の場合、全部本命か。ファンだもんな。

 ? そういや、あのもう一つは……。

「やっぱり、あの娘だったろう」

 あの娘? ……誰だっけ? えーと。

 オレの考え込んでいる様子に気付いて、清水はいぶかしげな視線を送ってきた。

「違うのか?」

「いや、違うもなにも……あの娘……」

 清水は人を小馬鹿にするように息を吐き出した。

「記憶力悪すぎだ、お前は。じゃあ、誰から貰ったんだ?」

 オレは清水の言葉が少しばかり頭にきたが、反論できないので言い返さなかった。それに、オレが少々のことでは怒らないくらい度量が広いことを示すのも大事だろう。

 オレは素直に答えた。

「サークルの部長だ。それも告白もセットで」

「なんだと!」

 清水は突然すさまじい怒鳴り声を発した。オレの鼓膜を破くつもりか。さては、先日の「側頭突」の報復であろう。

「あ、あ、あの佳澄様にいただいたのか? し、し、しかも……告白されただと!」

 清水にしては珍しく、口調が乱れに乱れている。その表情も完全に平静さを欠いていた。ポーカーフェイスのこいつにしては珍しい。

「あ、あ、あ、お、オレの……オレの憧れの佳澄さんが……あ、ああ」

 壊れたみたいだ。……待て、壊れる前に聞き出す必要があるな。

「おら、清水。しっかりしろ」

 オレは、買物袋を道路に置くと、清水の頬を往復ビンタで叩き始めた。

「あ、あう。大竹。お、オレはもうダメだ」

「弱音を吐くな! 完全に壊れるのはオレの質問に答えてからにしやがれ!」

 オレは友人のことを心配し、言葉を投げ掛けつつも、ビンタの威力を上げていった。

「あ、し、質問?」

 清水はほうけた様な表情で、焦点の合ってない目を泳がせながら応えた。

「他にオレに気がありそうなのって誰なんだ?」

「……」

 清水がなかなか答えないので、ビンタの速度を加速させた。

「う、ああ、あの、お前の後輩……あの内気そうな娘」

 ……そうか、静香か! 

 オレは疑問が晴れると、清水をその場に残し急いで静香の住むアパートへ向かった。

 

 

 ……しまった。なんで気付かなかったんだろう。

紅って、白に映えると思いません?

紺色のコートと白のジーンズ、紅色のマフラー

赤い色の包装紙に、白のリボン

赤と白のスプレッドチョコ

 これの送り主は、この色で誰が送ったかわかるだろうと考えたんだろう。間違いない。ここまで強調しているんだから。

誰かと、以前に色についての話なんかしたかなオレ。

「よく考えたら、静香の好き好んで着るものは、かならず赤と白が強調されてたぞ」

 夏は紅と白の服飾だと、あの娘は恥ずかしいですからと言って、服飾は白を基調にして、長い黒髪を大きめの紅のリボンで縛っていた。

 サークルの名簿にも、好きな色「白と紅。ただし、どちらか一方ではダメ。どちらも一緒にあること」と書いてた気がする。

「なんでこんなに鈍いかな」

 オレは自分自身に悪態をついた。

 今更後悔しても遅かったが。

 清水を路上に放置した後、静香の部屋のドアを何度も叩いたが返事がない。もちろん、静香の携帯にもかけたが、「おかけになった電話番号は現在」という、機械音が流れていた。

 郵便受けからはみ出ていた物に気付いたオレは、それを取り出した。

「……」

 それは、この間オレが編集をしていた冊子だった。しかし、その冊子は刃物かなにかでズタズタに切り裂かれていた。所々に赤黒いシミが付いている。

 そこでオレは考えがある一点に至った。

 静香は、おそらく……いや、間違いなく、昨日部室へ来ようとしていたんだ。そこで、ドアの窓越しにでもオレと部長のやりとりを見ていたのだろう。

 ただ、部長がオレにチョコを渡したくらいなら問題は無かったかもしれないが、あの時、オレと部長は……。 

 誰が悪いというわけでもない。タイミングが悪すぎたのだ。いや、静香の気持ちに気付けなかったオレが悪いのか。

 もう静香は実家に帰省してしまったのだろう。しかも、携帯の番号が変わっているということは……。

 オレは頭を抱え込んだ。

「やめる気だな。サークル」

 と、いうことは、真面目で非常に几帳面な静香なら、部室に退部届けかそれに類するものを出しているはず。 

 オレは部室へ急いだ。

 

 

 部室には誰もいなかった。珍しいことが続くものだ。 

 確認したかったものはすぐに見つかった。分かりやすいように、連絡用のノートの上に、赤と白のストライプ模様の便箋が置いてあった。

 オレはすぐに中身を確認した。

『文芸部のみなさんには申し訳ありませんが、今日二月十四日限りで退部させていただきます。皆瀬静香』

 ……なんてことだ、昨日じゃないか。

 後悔しても過ぎ去ったことは取り返せない。しかし、オレに何ができたというのか。

 オレはさらにもう一枚中身があるのに気付いた。

 それを見たオレは一瞬凍り付いた。

 そこには赤黒いシミで書かれた文字らしいものが見いだせた。

 余りにひどくにじんでいたため読み取れなかったが、それでもオレの背筋を凍り付かせるには十分だった。

 

 

 オレはその後、部長との交際を楽しんだ。

 初めてのデートには(オレにとってはであって、部長はそうではないと思うが)上京して遊園地に行った。定番だといわれても、オレには大して行くとこのバリエーションなど思いつかない。

 他にも、カラオケ、ボーリング、ビリヤード、ゲーセン、湖、公園等々、とにかく毎日のように一緒にいた。 

 それでも、一番楽しかったのは、毎晩部長と一緒に作る料理だった。二人揃って料理が苦手だから、真っ黒に焦げた魚や目玉焼きは当たり前。鍋料理に至っては、大笑い。食べてみるとすごく甘いのだ。何故かと思ったら、部長が砂糖とみりんを加えていたのだ。なんで入れたかと聞いてみると、

「え、だってさあ、やや塩気のあるものって、甘味を加えると引き立つって言うじゃない」

 そう言うのだ。入れる量にも限度があるとは思うが。オレはオレで、その日の刺身に用意したからしに砂糖を混ぜていたから、鍋の甘さの後に、異常なまでに辛さの引き立ったからしで刺身を食べてしまった。

 オレと部長が涙を一杯に溜めて悲鳴を上げていたのは言うまでもない。

 本当に、おもしろ可笑しい日々が過ぎていった。

 しかし、オレの心にはどうしても……霧のように晴れないものがあった。連絡は完全に途絶えていた。一体、今頃どうしているんだろう。このままでいいんだろうか。

傷つけたまま、そのままにしておいて。

 

 

 三月十四日。その日は選ばれし者が、お返しをするというイベントの日だ。今年はオレもそのメンバーに加わることができた。

 オレはその前日、いつもより早く部長の家を後にして、このイベントのために何を送ろうかと、市内の各店舗を歩き回っていた。

 しかし、こんなイベントに参加したこともなく、女の気持ちに鈍感なオレに何がいいかなど分かるわけもなく。

 結局、部長の趣味であるぬいぐるみ収拾に協力することにした。購入したのは、抱きつくのにはちょうどいいと思われる大きさのテディベア。

 今月のバイト代が一気に無くなってしまった。ま、いいか。これで部長のあの笑顔が見れるなら。

 笑顔……か。

 あの娘の笑顔……最後に見たのは、雪の降る夜道を一緒に歩いた日だったな。

 オレは首を思いっきり振った。もう忘れろ。今のオレにはかけがえのない人がいるじゃないか。きっと、あの娘だって、いつかは立直ってくれる。そうさ、オレよりいい男なんていくらでも見つかるさ。

 しかし、なら何故オレは静香の分のお返しも買っているんだ? この、赤の包装紙と白のリボンで飾ってもらったオルゴールはなんだ?

 オレが頭を振ったりブツブツ呟くのに、周りにいた客がいぶかしげな視線を送る。オレは我に帰って店を後にした。

 そして今日になったわけだ。……昨夜はほとんど眠れなかった。どうしても、静香のことが頭に浮かんでしまうのだ。

 オレが好きなのは部長だ。なのに何故? 

 オレにとってはあの娘は妹みたいな存在だった。しかし、静香は……。

 オレは何か後悔しているのか? 今は部長と一緒でとても幸せなのに。なにか、どこか空虚な気持ちがする。部長への気持ちは決して偽りではないのに。

 あの娘への罪悪感を感じているのか?

 それはおそらく間違いない。オレが早く気付いていれば、そうすれば別に取れる手はあったかもしれない。その時、付き合うにしろそうでないにしろ……だ。

 少なくとも、部長と抱き合っているところを見られるよりは、はるかにマシな状況になっていただろう。

「ふう……バカだオレは」

 考えれば考えるほどブルーになるのが分かる。

 ……もう考えるのは止めるしかないんだ。オレは部長と幸せになる。それさえ考えればいい。いいんだよ!

 オレは、それらの思考を断ち切って、部長のところへ行こうとした。

「連絡してから行くか。……いや、いきなり行って驚かせてやろう」

 オレはテディベアを抱えて家を出ようとした。

「着信?」

 オレはテディベアをいったん床に置くと、コートのポケットから携帯を取り出した。

 発信者番号通知はしていないらしい。誰がかけてきてるんだ?

「はい、大竹ですが。どちら様で?」

「……」

 電話の主はしばし無言だった。

「もしもし。誰ですか?」

「……」

 さすがにこうも無視されると少々頭にくる。

「急がしいので、用がないなら切りますよ」

 オレがそう言うと、やっと向こう側に反応があった。 

「あ、……あの」

 聞こえてきたのは、今にも消え入りそうな女性の声。

「静香か?」

「……」

 向こうはまた無言になった。間違いなさそうだ。

「どうしたんだ? 連絡ができなくなったんで心配したんだぞ」

「じ、実は……その……言わなきゃならないことがあるんです」

 静香は、意を決したかのように言葉を紡ぎだした。

「私のところに来てほしいんです」

「こっちに戻ってきてるのか?」

「はい」

 そうか、戻ってきてるのか。オレは何故か安堵感を覚えた。

 携帯の向こう側で、静香が息を飲む音が聞こえた。

「大竹さん。すぐに……すぐに大学の側の公園へ来てください!」

「え? どうしたんだ静香?」

 いきなりそう言われて、オレはわけがわからなかった。

「とにかく早く!」

「おい、静香? おい!」

 携帯は一方的に切られていた。静香は人をからかったり、嘘をつくことのできない娘だ。何があった。オレは胸の鼓動が激しくなるのを抑えられなかった。オレは急いでコートを着込み、雪の降りしきる屋外へ出ていった。

 もちろん、静香に渡すオルゴールを持って。

 

 

 今年は記録続きだ。三月の中盤に入って、これだけの雪が降っているのだから。

 三月十四日の市内の積雪量八センチ。未だに雪は降り止まない。二月といい、なんて雪が多いんだ。

 雪が靴に貼りついて、走る速度が低下する。急がなくてはならないのに……。急がなくては、何か大事なものを無くしそうな気がするのに。手遅れになったら、もう取り返しがつかない気がするのに……クソッ! なんでこんな時に雪なんだ。普段ははかなく美しい存在だと思っていた雪が、この時ばかりは邪魔な存在になっていた。

「!」

 雪に足を取られて、オレは見事にヘッドスライディングをかました。

 静香の言った通りだ、この辺りの雪は湿っぽい。コートやジーンズがびしょびしょになっている。

 倒れた拍子に、包装されたオルゴールが雪の上に転がった。オレは倒れたまま手を伸ばすが届かない。

 起き上がって雪を払い、オルゴールへ手を伸ばした時、ふと静香の言葉が甦った。

紅って、白に映えると思いません?

「確かにな」

 オレはオルゴールを手に、再び走りだした。

 全てが手遅れになる前に。

 

 

 その公園は、オレのアパートから走れば四、五分の距離だった。雪のせいでもっとかかったが。

 いつもなら、カップルや子どもを遊ばせる母親、散歩を楽しむ老人で賑やかな公園も、その日は大雪のせいだろう、人は全く見当らなかった。

 公園といっても、この公園は広い。プールや武道館。テニスコートやバスケのコートもある。人一人を探すのも容易ではない。

 オレは、雪の中を一体どれだけ探していたのだろう。 それは数分間かもしれなかったが、オレには何時間も探しているように感じた。

 オレは静香を、武道館の裏手にある、ウォーキングコースに見つけだした。そこは、ツツジなどの低木でコースが作られている。カップルが恋を語りながら歩く定番のコースとして知られていた。

「静香!」

 オレの声で静香がこちらに振り返った。

 紺のコートにジーンズ。紅のマフラー。

 オレは一瞬違和感を感じた。オレを前に赤くなっている……というのは変わっていない。左手はあちこちに切り傷らしいものがあり、所々に貼ってある絆創膏や指に巻いてある包帯が痛々しい。やはり手紙の赤い文字は……。

 しかし、違う。オレがその違和感が何か把握する前に、

静香が声を発した

「大竹さん!」

 そう叫ぶ静香は涙目になっていた。

「何があったんだ静香?」

 オレは平静を装い、静香の両肩に手をのせ、落ち着いた優しい声で問い掛けた。

「う、ううっ……」

 静香はそのままオレに抱きついてきて、顔をオレに押しつけたまま泣きじゃくっている。

 オレはそれ以上は問い掛けず、静香の頭を撫でていた。

 しばし泣きじゃくっていた静香だが、そのうち自分から離れて泣き腫らした赤い目でオレと目を合わせてこう言った。「好きでした」と。

 そして、こう続けた「今でも好きです」と。

 オレは目を逸らせなかった。静香が、あの静香が真摯に告白しているのだ。同時にオレはいたたまれない気持ちになった。

 そんなオレの心中を知ってか、静香はさらにこう続けた。「知っていました」と。「部長が以前から大竹さんのこと好きだったこと」。オレは静香に対して何も言えなかった。

「積極的に好きな人に接近できる部長が……羨ましかったんです」

 静香は少し俯いた。唇を強く強く噛み締めている。なにか光るものがその目からこぼれ落ちた。

「偶然でした。あの日、部長と大竹さんが……」

静香が言わんとしたことは、すぐにわかった。やはり、オレと部長が抱き合っていたのを見たのだ。

「静香」

 オレは、コートのポケットからオルゴールを取り出そうとした。今、静香に渡さなくてはいけない。このタイミングで渡さなくては……オレはそう考えた。

「許せなかった」

「え?」

 静香の声はか細く、オレにはよく聞こえなかった。だが気を取り直し、オレはその言葉で中断された行動に再び移ろうとした。

「大竹さん……ちょっと来てください」

 しかし、オレが行動に移る前に、静香はオレに背を向け歩きだした。オレはなおも声をかけようと思ったのだが、静香のその背に、たった一言かけることもできなかった。何故かはわからないが、静香のいつもと違った雰囲気に困惑していたのかもしれない。

 オレは黙って静香の後を着いていった。

 

 

 オレは静香の後ろ姿を見ながら思考回路をフル稼働させた。

 静香に会った時の違和感が何だったのか。

 雰囲気も違う。一体何故だ? わからない。

「大竹さん」

 静香がオレを呼ぶ声で、オレは現実に連れ戻された。

 静香はオレの目を見据えてこう言った。

「あそこで話がしたいんです」

 静香が指差したのは、ウォーキングコースを抜けた先にある緑化区画。木が整然と通りに沿って並んでおり、その木に沿って設置してあるベンチで話に興じている人が多い。

 それは普段の話であって、今日は全く人気がないが。 

「わかった」

 そう言って歩きだすオレの後ろを、静香が着いてくる。

「お、あそこがいいか」

 そのベンチは、降り積もる中でほとんど雪が覆っていなかった。誰かが座っていたのだろう。

 しかし、オレはそこへ近付いて何か変わっていることに気が付いた。

 ベンチのすぐ後は低木が植え付けられているのだが、そこの後の低木はこれまた雪が被さっていない。

 正確に言うと、不自然に飛び散った……とでもいうべきか。

 オレがそのベンチの目の前に立って、それが何なのかがわかった。

 低木の後側に、赤く点々と飛び散るもの……。一瞬我が目を疑った。

 覗きこんだオレは、思わず息を呑んだ。

 長身で長い黒髪の女性が仰向けに倒れていた。目は驚きのあまりか、大きく見開いている。赤いシミがそこを中心に広がっていた。

「ぶ、部長!」

 オレは思わず後退りした。

 紅……白……。

 そうか、違和感は、オレが静香を見かけたときの違和感は……。

 紺のコートにジーンズ、紅のマフラー……足りないのは……。

「静香」

 オレは後を振り返った。

 鈍い音。鋭い何かが腹部をえぐる。

「し、静……」

 再び鈍い音。オレは膝を着いた。

 三度鈍い音。純白の雪の上に、赤いシミが浮かぶ。いや、静香風に言うと緋色か。

 

 

 静香は、大竹を膝枕し、その顔をいとおしそうに眺めていた。その表情は子に優しく微笑みかける母親のようでもあった。

 静香は、自分のコートを大竹の上にかけた。「こんな雪の中で寝てたら風邪引きますよ」。そう優しく声をかけながら。

 コートの下から現われたのは、純白のセーター。その一部には赤が点々と混じってはいたが。

 静香は、降り積もる雪を眺めながら大竹にこう言った。

「雪ってきれいですよね」

 静香はそのまま、自分や、大竹の周りの鮮やかな赤にも目を向けた。

「ふふっ。やっぱり白と紅は両方なくちゃダメですね」

 静香は満足そうに呟いた。静香は、赤の包装紙と白のリボンで包まれたそれを大事に胸のところで抱えた

「これからは、ずっとずっと一緒です。もう、離れませんからね」

 静香は優しい笑顔のまま、決意をこめた声でそう言った。

 静香は自分への贈り物を脇に置き、大竹の髪を優しく撫でながらこう続けた。

「大竹さん。緋色って純白の雪に合いますね。聞いてます大竹さん?」


【ホワイトデー】 - 最終章 -
←第一章へ戻る     小説〜ストーリー一覧へ戻る

TOPへ戻る