【真夏のオアシスドリーム】 - 最終章 -
←第五章へ進む     小説〜ストーリー一覧へ戻る

 帰宅して、いくらか迷ってから連絡を取ろうとした。

 拒絶されたらと考えると、連絡するのがためらわれたが、ここで会わなきゃもう二度と修復できない気がした。

八月の最終週って事は、来週だ。花火大会のその日までは、たった四日しかない。だから、少々焦りもした。

 何度連絡しても、携帯はつながらない。ひたすら留守電のコール。

 頼むから聞いてくれと思いつつ、日時と集合場所を留守録にいれておいた。念のためメールも送っておく。

 自宅に行くのは、止めておいた。行っても会ってもらえない気がしたし、やはりそこまでの勇気は無かった。

 

 

 当日、バスを使って民宿近くの停留所に。そこが待ち合わせ場所になっている。

 いつもは遅刻ばかりする耕介が、このときばかりは最初に来ていた。傍らには愛用のバイク。背後にガードレールと砂浜、そして海という光景があるところからして、わざとカッコつけてるようにしか見えないが。

「よう」

 耕介はいくらか日に焼けて浅黒くなっていた。前はあまり気にもしなかったが、海辺で働いていればそうなるもんだろう。

 俺は手を上げてヤツに応えた。旭はまだ来ていない。

 しばらく、ガードレールに寄りかかってたまに道を通る車を見ていた。バスが来るたび、旭が乗ってるかと期待するが、一向に来る気配がない。

 三時。すでに集合時間を二時間オーバーしている。

「来ねえな」

 耕介は浜辺で遊んでいる水着の群れ(水着の女性だ)を目で追いかけながら、何度目かになる呟きを漏らした。

 そうして、逆の山側のほうを見た。

「雲が出てきやがった。一雨来るぜ」

 確かに、風が強くなり始めているし、山頂付近は厚い雲に覆われ始めている。時折遠雷も聞こえ始めた。

「僚」

 俺が振り向くと、ヤツはバイクのキーを投げて寄こした。

「俺はもうしばらく停留所で待ってる。雨降ってきたら、先に民宿入ってるからな」

 俺はヘルメットを被ると、スタンドを倒して、キーを指し込みモーターを回転させた。

「俺の宝物なんだからな。傷つけたら承知しねえぞ」

「わかってる」

 俺はそう言い残して、その場を後にした。

 

 

 ヤツのバイクを走らせて数分もすると、雨が降り始めてきた。旭の家は汐風駅の近くだから、まだ距離的には半分もきていない。

「ったく、俺はバイクなんてほとんど乗ったことねえんだぞ」

 思わず悪態をつく。俺は無免許なんだぞ。

 その内に、視界が急速に暗くなって、土砂降りになる。ライトを点灯させて走行。

 海岸線の開けた道から、市内の入り組んだ道へと入る。

 雨で徐行している車を追い抜きながら、とにかくひた走る。

 捕まったら停学で済むかな、とか考える。ま、そんなのどうでもいいや。

 さすがにバイクは早い。すぐに旭の自宅の前まで来た。

 とにかく無我夢中で走ってきたけど、なんて言えばいいのか。あの時と同じで、インターホンを押す手が迷っていた。

 それでも、ピンポーンと、何度か鳴らしたが、出てくる気配がない。

 実はすれ違いだったとか。でも、それなら耕介が知らせてくるだろう。やはりいるはずだ。

 直接家の中に声を掛けたほうが早いと思い、ドアノブに手を掛ける。

 開いていた。無用心と言えば無用心だ。家の人はいないらしい。靴が旭のものしかおいてない。

「旭。いるか?」

 返事はない。再度問いかけても返事がないので、埒が明かないと思い、

「上がるぞ」

 そう言って、二階にある旭の部屋に向かった。

旭の部屋の前にはプレートが掛けてある。キツネのマスコットが一緒に掛かっていて、そこには『在室中、ノック』と書かれていた。

「おい、旭」

 コンコンとノックをして呼びかけるが、やはり応えない。何度か叩く。

 思い切ってドアに手を掛けると、開いていた。

 部屋の中は真っ暗で、時折雷光で照らされた。窓には薄手のカーテンが掛かっていて、その手前には動物のぬいぐるみがいくつか。他にも、机や床にたくさんのぬいぐるみが置いてあった。

 旭は、ベッドの上でネコのぬいぐるみを抱いて俯いていた。

 肩に手を掛けると、少し震えていた。

「なあ」

「僚。やっぱり怖いんだよね」

 旭は俺を見上げた。泣きはらしていたのか、目は赤くなっていた。

「何がだ?」

 雷光で旭の顔が照らされた。思わず、抱きしめたい衝動に駆られるが、表面では平静を装うとした。

「私たちって、ずっと仲良しでいられると思ってたんだよね。でも、こんなに僅かなすれ違いで、バラバラになって、こんなに苦しい思いするんだね」

 旭は淡々と語っていたが、徐々に声が震え始めてきた。聞いているこっちが、切なさに駆られた。

「だから、怖いんだ。二人とも私にとっては大事な人だよ。でも、私が僚に持ってる気持ちは、それとも違うの。でも、でも、それですれ違ってるんだよね。やっぱり、間違ってるのかな? だから三人で仲良くできないのかな」

「違う」

 俺は、それだけは違うとはっきり言えた。

 俺たちは三人でよくつるんでるし、キャラクターは全然違うけど、どこかでつながってはいた。だからうまくいってたんだ。

 仲良し三人の三角関係なんて、ドラマとかの非日常かと思ってたけど、そうなったとき俺たちはすれ違っていた。多分、三者三様で原因はあったんだろう。

 でも、耕介は旭が好きだから、あえて俺を励ましてくれた。だから、どこかですれ違っていたようで、実は同じ方向に歩いていた。

 だから、誰かが誰かと付き合うとか、そんなことになっても、やっぱりどこかで互いに気遣ってつながっているから、絶対にすれ違って遠くに行ってしまうことは無いはずだ。

 こうやって、今三人のことを真剣に悩んでいた旭がいるわけで、耕介も俺たちを気にかけていて、俺も悩んでいた。だから、三人ともそれぞれを大事に思っていた。すれ違っているようで、実はそうでもなかった。

 俺は、少なくともそう思った。

「違う?」

「ああ」

 俺は思わず旭を抱きしめて、そう言った。旭は身体を僅かに震わせたが、拒絶はしてこなかった。

「俺、はっきり言う。旭のこと好きだ」

 旭は、涙声でうんと言った。

 口付けを交わすと、旭は涙を指ですくいつつも、いつもの人を安心させるような笑みを浮かべていた。

 そのとき、窓から光が差し込んできた。

 いつの間にか雷は止んでいた。

 俺は、旭の手を取ってベッドから起こした。

「さ、行くぜ。耕介が待ちくたびれてるだろうからな」

「そだね。遅刻王の耕介に遅刻女王扱いされたらたまんないもんね」

 そりゃそうだ、と俺たちは声に出して笑った。

 こんなに心の底から笑ったのはいつの頃だったか。なんか、昔置いてきたものを再発見したような感じだった。

 外に出ると、夏の強烈な日差しが戻ってきていた。

 旭は遅い。荷をまとめるのに手間取っているのか。強烈な日差しの下で、思わずビーチを駆ける水着姿の旭が浮かび上がってきた。

 首を振ってその姿を追い出そうとする。こんなの俺のキャラじゃねえだろ。

荷物をまとめた旭が降りてくる。ずいぶん時間が掛かったが、女はそんなもんだろ。

 旭はバイクを見ると、意地の悪そうな笑みを浮かべて、擦り寄るようにして、俺を見上げた。

「あれー僚って免許持ってた?」

「持ってるわけねえだろ」

 そう言うと、

「あーあ、学校に知られたら大変だあ」

「お前が喋んなきゃいいんだよ」

 そう言うと、旭は得意(?)の泣きまねをして、指で涙をすくう仕草をしながら、

「僚ったら、私のために危険も顧みず……私、感激しました。グスッ」

「お前なあ、人をからかうのも大概にしろ」

 俺が手を振り上げると、旭は頭を抱えて、

「えー、本心なのに。ひどいよ僚。私泣いちゃうからね」

「バカやってないで行くぞ」

 俺はヘルメットを渡して、バイクに跨った。

 心中で耕介に謝った。

 許せよ。お前のバイクに好きな人乗せたの俺が初めてになっちまった。

 後ろに乗った旭は俺に密着してきた。

 ……胸が、あたってるんだけどな。

「僚、行かないの?」

「あ、いや」

「あー、今変なこと考えてたでしょ。僚のエッチ」

「か、考えてねえ」

「やだー、空気感染で妊娠させられそう」

「テ、テメエ」

 なんなんだ、くそ、なんでいつもの一般常識から離れた台詞が、今度は意地悪なもんになってるんだ。

「今、ボケとか考えた?」

「んなわけねえだろ」

 素っ気無く応える。内心はそうでもないが。

 旭は、んーまいっかと言って、笑っていた。

 そうこうしている内、海岸線が見えてきた。海からの反射に後部からまぶしいねえ、と声が掛かってくる。

 やがて、民宿が見えてきて、耕介が手を振っていた。

 

 

 いい夏になりそうだった。


【真夏のオアシスドリーム】 - 最終章 -
←第五章へ進む     小説〜ストーリー一覧へ戻る

TOPへ戻る