【Invisible/visible】 - 最終章 -
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 パックのオレンジジュースが、ベコ、ベコ、と悲鳴を上げた。梨佳が、突き立てたストローから口を離す。

「ウチの図書館って、あ、新設の方だけど。あそこさ」

 梨佳は学生証入れから、バーコードが印刷されたカードを取り出した。

「機械で読み取ってるよね」

 美沙は、購買で買った焼きそばパンを口にしながら頷いた。屋上のベンチに座るその膝の上には、土曜日に借りた本が乗っている。

 久々の日差しが、その分厚い表紙に、鈍い光を張り付かせた。

 梨佳はその本を手に取ると、何度もひっくり返したり、パラパラとめくる。

『私立綾縞学園図書館』

 印字が刻まれているが、管理に使われている磁気コードラベルがどこにもない。代わりに、

          『図書カード控え

 貸し出し日 十月三日(土)

返却期限  十月十日(土)

                      返却期限は守りましょう』

 

「これってさ、旧図書館の控えだよね」

「そうだね」

『幻の焼きそばパン』と、購買のメニュー表に書かれているそれを、半ばまで食べ、残りを梨佳に渡した。美沙は少食で全部は食べない。『幻』のそれを買い損ねた生徒達の叫びが聞こえてきそうだ。

 梨佳は「サンキュ」といって、口にする。

「みふゃのいふも」

「口を空にしなさいよ」

 梨佳は、コツン、と自分の頭を小突くと、口をせわしなく動かして、飲み込んでいった。

「表面だけでは世界は見えない。美沙がいつも言ってるそれが、まさに現れたってやつだね」

「あまり驚かないのね」

「この目隠しされた世界が云々言ってた人が、今更何を言うかな。害がないならいいじゃないの」

 美沙は、息と共に笑みをこぼした。

「それよ、それ。その笑みこそまさに隠された世界」

 梨佳が、ツン、と指を美沙の鼻先で弾かせる。

(梨佳がいて、本当によかった)

 嬉しく思った。

「でもなあ」

 梨佳は腕組みして、難しい顔をする。

「なーんで私が予備校の日に、そういうトコに入れたかな」

「じゃあ、梨佳も今日行こうよ。今日は予備校じゃないでしょ?」

 梨佳は、子供のように表情を輝かせた。首を何度も、ブンブンと振る。

 そこに、昼休みの終了を告げるチャイムが響いた。

「放課後が楽しみ、楽しみ♪」

 スキップしながら、心底楽しそうに進む親友の後を、美沙は苦笑しながら付いていった。

 

 

梨佳は扉をノックした。

 美沙は『封印』をジャラジャラといじっていた。

 梨佳は手を顎に当ててうなる。

 美沙はこの前のイメージを浮かべた。

「今日は休館かな」

 最初に口を開いたのは梨佳であった。

「そう……かな」

 美沙の口調は沈んでいた。

「ゴメンね」

 美沙の表情は沈痛を通り越し、今にも泣きそうですらあった。

「何で美沙が謝るの? 休館なんだから仕方ないでしょ」

「でも……」

 美沙が力なくうなだれていると、梨佳は頬を膨らませて、その表情を覗き込んだ。

「ああ、もっとアクティブに考える。アクティブに! 今日は休館。今度の開館日に来る。オーケー? ドゥーユーアンダスタン?」

 美沙はうなだれたまま。

「よし。じゃあ今日は帰る。ほら、帰る。帰りにケーキでも食べてこ」

 梨佳は、美沙の手をつかむと、強引に引っ張って行った。

「本当にゴメン」

「何度も謝らなくてよろしい」

「今度、司書さんに会えたら、写真でも撮ってくる」

 それを聞いて、梨佳は足を止めた。振り返ったその顔は、本当に怒っていた。

「美沙。それ、美沙の信条に反してるよ。そんなことしたら、私は、世界を表面しか見れない人間になっちゃうじゃない! だからダメ。絶対ダメ! そんなことしたら、私も美沙も傷つくよ。……だから、私は自分で見る。この目で見る。だから、そんなこと言っちゃダメだよ」

 切れ長の美沙の目から、涙が落ちてきた。ぬぐうが、止まらない。ヒック、ヒック、としゃくり上げる。

「ゴ、ゴメ……ン。ほ……ん……当に。……あ、りがとう」

「ほら、泣かない。謝らない。もう」

 梨佳はそう言って、目尻をぬぐった。

「私まで泣いちゃうじゃない」

「梨佳……には、この、体験。共……有、して、ほ、しく……て」

 梨佳は、泣くのをこらえて震える体を押さえて、美沙の手を握り締め、言った。

「ありがとう」

 

 

「美沙、今日も《図書館》行くんでしょ?」

 二人は傘を差して旧図書館の脇道を歩いていた。昨日の空模様が嘘のように、今日は灰色一色の空から雨が落ちる。

「いいなあ。私も予備校なければねえ」

 梨佳が、傍らの背の高い親友の顔を、見上げる。

 顔には緊張が張り付いている。

今日こそは、という期待。

今日も、という不安。

 美沙は梨佳に脇腹を肘で軽く突かれた。

「会えるといいわね。でも私が一緒の時の方がなおいいけどね」

「うん。今度は絶対一緒に行こう」

「あったりまえじゃない。予備校ない日は、毎日付き合わせるからね。じゃ、またね」

 梨佳は手を振って、そのまま正門へ向かう。美沙は、旧図書館へと足を向けた。

 下校時刻が他のクラスよりも早かったのか、辺りに人影は見当たらなかった。

 バス停が、正門側でなく、裏門側の方にあるのも原因であった。もともと、この辺りは交通の便がよくなかった。そのせいで、開発の早かった裏門側の方にバスが通っているのだ。

 美沙は、胸の鼓動が激しくなるのを感じながら、扉の前に来た。それを見て、さらに鼓動が激しくなった。

 

 扉に当てた手に力を込めた。

 

 受付には司書がいた。

 司書は来館者を認めると、会釈した。美沙もつられて頭を下げた。

 受付の前に来た美沙は、鞄から本を取り出した。

「ありがとうございました」

 そう言って、司書に渡す。受け取った司書は、手元の貸し出しカード入れから、その本のカードを取り出し、『返却済』の印を押して、『返却図書』と書かれた箱に入れた。

「一人で全部管理してるんですか?」

 司書は大きな目をさらに見開いた。何かの感情を表すときの癖なのかもしれないと、美沙は思った。

「まあ、最近は図書館に来る人も少ないですから、一人で十分ですよ」

「でも、大変でしょう?」

 顔を覗き込まれた司書は、胸の前で翼を組む。

「なら、私が手伝いますか?」

「と、言われても、私の仕事ですしね」

 司書は、無表情だが困っているらしく、視線は天井の方をさまよっている。

 美沙は、じっ、と司書を見据えていた。

「んー、では、虫干しを手伝ってもらえますか?」

 今日はいい日和ですからね、と言いながら椅子から立ち上がる司書。足が短いためか、その視線が少し下に落ちる。それでも、百七十センチを越す美沙の身の丈よりも、高かった。

 美沙は見上げてポツリと一言。

「むっくりしてますね」

 言ってから、慌てて手を振り言い直す。

「あの、温かみがあるというかなんというか」

「そうですか?」

 美沙は首を縦に振る。司書は気にしてないようだ。

 司書は背を向け、受付後ろの階段前で立ち止まる。

 頭だけを美沙に向けて、翼で指し示しながら、

「この階段を上がっていくと屋上に出られます。本は箱ごと上げてありますので」

 そして跳ねるようにして階段を上っていった。

 

 

 屋上は、温かな日差しだけでなく、心地良い風も流れていた。

「すごい……」

 美沙の口から、自然とその言葉は漏れた。

 二階建ての図書館の屋上。そこから見えるのは、学園のキャンパスでも、開発された住宅地でもなかった。

 木、木、木、また木。どこもかしこも緑と紅葉のコントラスト。

 見渡す限りの森の中にここは存在しているのだ。

「森の香りだ」

 美沙は目をつぶって、大きく息を吸い込んだ。森林の空気で胸を満たすと、そのまま横になりたい気分になった。

「気持ちいいでしょう。だからいつも作業がはかどらないんですがね」

 司書も翼を広げ、空気を吸い込んだ。

「あ、いけない。手伝いに来たのに」

 慌ててそう言う美沙の前で、司書は翼をバタバタさせた。

「あ、いや。そういう意味ではないです。休んでいてもいいんですよ」

「え、でも」

「ここのよさが分かっていただけるだけで、私は嬉しいのです」

 司書は言いながら、本を取り出し、パラパラとめくって、風を通す。

 美沙も箱の中の本を取り出して、それに続いた。

 しばらくの間、

 パラパラ、という本をめくる音。

 さわさわ、という森がそよぐ音。

 それが空間を支配した。

 どれほどの間、そうしていたのだろう。

 美沙は手をかざし、空を見上げた。

 日は依然として高い。

 ここは悠久の中、温かい日差しと森の香りに包まれているのだろうか、世界が調和しているとはこんな感じかもしれない。全ての存在が満たされている、そんな空間。

(いや、違う)

 ここは昔の綾縞? だとしたら、この光景は。

そう美沙が考えた時、心を読んだかのように司書が応えた。

「我々は痛みを感じます。人と同じです」

 それに応えるように、風が吹き抜け、森がざわめき、本が一気にめくれていった。

「森も本達も、みんな心を持ってます。痛いと思います」

 司書は、虫干しした中から、一冊の分厚い本を取り上げた。それを美沙の前に差し出す。

「あなたは、その言葉が聞こえていたのだと思います。全てを見ようとするからこそ、私達が見えたのでしょう」

 呆然としている美沙の手に、司書は本を持たせた。

「これは、この大地が見る夢。でも、夢は世界に存在するものが見るものです。私たちは」

 司書が言葉を区切る。美沙は、言い知れぬ不安に駆られ始めた。

 この世界から出される不安。

 この世界が消える不安。

 自分の安定が泡沫の夢になる不安。

 夢見る存在が消えてしまう不安。

「ま、待ってよ。お願いだから」

「私たちはすでに、そしてこれから」

「止めて! 聞きたくない!」

 美沙は耳を塞いで、絶叫した。

 しかし、その言葉は直接頭の中に響いてきた。

「消える存在なのです」

 空は曇り始め、木々は消え、コンクリートの灰色が広がり始める。

「お願いだから、私からこの場所まで取り上げないで。表面ばかりの、偽物の世界はイヤ!」

 司書は、美沙の肩を叩いて、ハンカチを差し出した。

「泣かないで下さい。これを貸しますから」

 美沙は、はっとして司書を見上げた。すでにその姿は薄らいできている。

 美沙は、司書が消えるその間際に声を絞り出した。

「返しに来ますからね」

 

直後、美沙は旧図書館の前にへたり込んでいた。

 その傍らには、厚手の書籍。手にはハンカチが握られていた。

 旧図書館の扉は封印されていた。激しくなった雨が強い風とともに吹きつける。

 美沙は、その場で泣き続けた。

 

 

 家の呼び鈴が聞こえる。恭介が「はーい」と返事して、玄関へ向かう足音が聞こえた。

 身体がだるく、いうことを利かない。そして、動かす気も起きなかった。

 その内、階下で「あ、梨佳姉ちゃん。お見舞い? 上がってよ。姉ちゃん部屋にいるからさ。喜ぶと思うよ」「相変わらず姉さん思いね、恭介君」「ちょっと、梨佳姉ちゃん」

(梨佳、また恭介からかってる)

 美沙はそう思うと、暗く沈んでいるはずなのに、笑いそうになった自分を感じた。

 コンコン、ノックの音。「おじゃましまーす」というと同時に部屋に入る梨佳。

 美沙が半身を起こそうとすると、それを押さえて、額に手を当て、自分の額と比べる。

「ひどい熱」

「三十九度二分……だって」

「昨日の雨に打たれてたんでしょ。突然、台風みたいになったからね。あれに打たれりゃ、そりゃあダウンするよ、美沙」

 梨佳は、黙りこくった美沙の態度にいつもと違うものを感じてか、眉をひそめた。

「昨日、あれから何があったの?」

 美沙は、梨佳の視線が枕元の書籍に向くのに気づき、手を伸ばそうとしたが、梨佳の手がそれを取り上げた。

 パラパラ、とめくった梨佳は、合点がいった、といった表情でそれを戻した。

「入れたんだね」

 美沙は布団で顔を半ば隠すようにしながら、小さく頷いた。

「説明してくれる?」

 美沙はしばらく目を合わせず、黙っていたが、それは身体のだるさのためだけではなかった。

 やがて、重い口を開き、昨日の出来事を要点だけかいつまんで話した。

「返すんでしょ?」

 美沙は本に手を伸ばし、抱きこんだ。

「なら、何十年かかっても、見つけなさいよ。それは、彼らの夢かもしれないけど……美沙、あなたの夢でもあるよね」

 梨佳は気休めを言う人ではない。それは美沙も十分に分かっていた。

 そのような親友だからこそ、存在がありがたく、支えになっていることを美沙は思い、涙を流した。

 

 

 電話は突然であった。

 翌日になっても、美沙の熱は下がらず、雨の音を聞きながら安静にしていた。

 部屋の子機に、弟の恭介がコール。

 梨佳よりの電話だった。

『寝てた? ゴメン! でも、すぐに、知らせないとって、思って』

 梨佳の声は切れ切れであった。走っていたのか。慌てているのは間違いなかった。

「落ち着いて」

『落ち着けないわよ!』

 梨佳はがなり立てた。受話器から息遣いが遠ざかる。息を整えているのだろう。

『今日に限って、財布も携帯も家に忘れていて、それで知らせるのが遅くなっちゃって』

 梨佳は焦るあまりに、その言葉は要領を得ない。

『ゴメンね。美沙、熱出してるのに……じゃなくて、ああ、もう! だから言いたいのは』

 梨佳が一旦言葉を切る。唾を飲み込む音。

『緒方のヤツが言ったのよ! あの旧図書館が、今日の夕方から取り壊されるって。ええと、今五時だから、もう始まっちゃってる!』

 美沙は、その容態からは考えられないほどの早さで、飛び起きた。子機が音を立てて落ちる。

『美沙、聞いてる、ちょっと』

 梨佳の声は、虚しく床に響いていた。

 

 

 美沙は、呼び止める恭介の声も聞こえず、家を飛び出した。そして、ただひたすら走った。

 女っ気の全くない、上下ともブルーのパジャマの上から、手近にあったブレザーコートを羽織り、降りしきる雨の中を、とにかくひた走った。

 途中で蹴つまづいて転ぶ、立ち上がろうとするが息は荒い。意識が遠ざかりそうにもなる。

 それでも、気力を振り絞って、立ち上がり、また走った。

 

 

 足取りはおぼつかない。

 転ぶたびに、そのまま目を閉じたい衝動に駆られる。

 水を吸ったコートはあまりに重い。

息つくたびに咳きこみ、嘔吐感がこみ上げてくる。

 学園まで一時間はかかった。

 旧図書館へ足をひきずるように進む。そこを囲む木々は、メキメキ、バキバキ、と悲鳴を上げている。

 周りには、無数のヘルメットを被った作業着姿。重機も入り込んでいる。彼らの中になんだ、なんだ、とざわめきが巻き起こる。美沙を制止しようと、作業員が近づいてきた。

 重機のうち一台は、すでに、整地された道から、旧図書館へとその矛先を向けようとしていた。

 ゴゴゴ、という重機の動き出す音は、美沙には悪魔の雄叫びとしか聞こえなかった。

「待って! 壊さないで!」

 美沙は、制止を振り切り重機と旧図書館の間に立ち、両手を広げた。

 重機を動かしていた作業員は、信じられないものを見るような目つきで、口を開けている。

 どう見ても、病院を抜け出してきたとしか思えない格好の女の子が、両手を広げて重機の前に立ちはだかっている。

 その光景は、異様であった。作業員達は、その鬼気迫る雰囲気に呑まれていた。

 が、すぐに目の前の出来事を、現実として認識した。

「どきなさい! 危ないぞ」

 重機に乗った作業員が叫ぶと、周りの作業員が美沙に駆け寄って、その場から離れさせようとする。

 美沙は、作業員達が驚くほどの力で、その手を振り払った。

「お願い、壊さないで! この建物のどこに壊す必要があるの? この建物の何が悪いの? 何で? 何で壊しちゃうのよ!」

 美沙の声は、思いの外よく響き、作業員達は驚かされた。

「早くつまみ出せ」

 重機の後方のテントから、責任者と思われる男が、拡声器で作業員達を怒鳴りつけた。

「やめて、離してよ」

 美沙は再び作業員達を振り払おうとするが、視界が回った。

 そして、そのまま意識を失った。

 

 

 美沙が目を覚ましたのは、病院のベッドの上であった。

 半身を起こそうとすると、恭介が静かに寝息を立てていた。

「あ、気がついた」

 恭介の脇には、梨佳が椅子に腰掛けていた。読んでいた文庫を閉じ、立ち上がって頭を下げる。

「私のせいだね。ゴメン。……肺炎の一歩手前だったって」

 美沙は、その言葉がひどく遠いものに感じた。心にポッカリと穴が開いた感じがした。

「あの図書館なんだけどさ」

 顔を上げた梨佳は、複雑な表情をしていた。

「多分、美沙のおかげだね。って、けしかける形になった私が言うのも、その、なんだけど」

 梨佳は口ごもった後、美沙の手を握って言った。

「新しく作られる市の公園。あそこに小さな図書館を併設するって話があったらしいの」

 美沙は、目を瞬かせながら、梨佳と視線を合わせた。何を言われたのか分からない。

 しかし梨佳の表情は、心底嬉しそうであった。

「で、昨日の現場に学園の理事長……えーと」

「高島?」

「そう、その理事長がいたらしくって、美沙の行動に感激したとかで、あの図書館を移築することにしたらしいのよ」

 美沙は、まだ普段の調子を取り戻せていない思考の中で、梨佳の言葉を反芻した。

(何? 移築……それって)

「ほら、理事長って元々政治家じゃん。結構、市にも影響力あるらしいしさあ。でもさ、これで行けるんだよ、あそこに。返しに行けるんだよ。それに私も」

 興奮して語る梨佳。しかし、それはもはや聞こえていない。

(大丈夫。あそこはまだある。確かにあるんだ)

美沙は、涙が落ちるとともに、笑みもこぼしている自分に気づいた。

 梨佳の口調はさらに熱を帯びだし、病室であることも構わず、「やった、やったよ美沙!」と、大声で喜んでいた。

 

 直後に、看護婦に叱られたのは言うまでもない。

 

 

「さーて、今日は私も一緒だからね」

 美沙は「図書館」へと向かっていた。隣にはスキップしながら付いてくる梨佳がいる。

 美沙は、鞄の中に一冊の本を持っていた。

 厚手の書籍である。

 そして、ハンカチも。

 高校のグランドぐらいの広さはある、そこそこに大きい公園の脇に、木造の図書館が併設されている。

 日曜日の朝。まだ通る人影はまばらである。

 二人は、図書館の前に立った。人の気配はない。外にある看板は初めから気にも留めない。

 

           『開館は十一月十四日(土)より

                           綾縞市教育・文化部広報』

 

 二人は、互いに顔を見合わせ、コクリ、と一つ頷いた。

 図書館に行くのではない。「図書館」に本とハンカチを返しにいくのだ。それが、司書との約束でもあるからだ。

 二人の手が扉に触れる。

 手に力を加えた。

 そして……そこには。


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